いい本感想:『日本SFの臨界点[恋愛編]』
伴名練編のSF短編集,『日本SFの臨界点[恋愛編]』を読み終えたので感想.
全作品の感想ではなく,書きたいやつだけです.
『死んだ恋人からの手紙』中井紀夫
時間異常書簡小説.超光速通信で手紙が届く時代(ただし到着時刻が前後したりする時間異常を伴う).地球にいるあくび金魚姫(あだ名らしい)のもとには,他の星の戦地にいる恋人からの手紙が届く.書簡は往復せず,あくび金魚姫宛ての手紙だけが読者に示される.その手紙に何が記されているのかはタイトルから明らかだけれど,手紙の受け手と送り主とに感情移入して読むとたいへんエモくてよい.
『奇跡の石』藤田雅矢
東欧PSI小説.バブル期の日本企業で行われていた超能力研究の一環として,東欧の小国を訪うことになった主人公は,超能力者ばかりの田舎町で二人の姉妹と出会う.語り口のせいなのかやけにノスタルジックな気分にさせられる上,東欧の寒村の情景がよく浮かぶ.旧共産圏の建物と町に惹かれる人の気持ちがすこしわかるようになった気がする.あと恋愛編に収録されてるけど,あんまり恋愛じゃないです(他にも恋愛じゃない収録作が結構ある.編者も前書きでそのことに言及している).
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電話歴史改変小説.この著者の別作品『カラマーゾフの妹』をほうぼうで見かけていたので,どんな感じなんだろうなーと思って読んだ.電話技術が異常に発達した18世紀ドイツ,去勢歌手(カストラート)のミケーレと彼の庇護者(パトローナ)である弱視のウラニア嬢はある館を訪れている.会話のなかで示される電話機の<発見>と通信システムの発達,その崩壊.そして二人は館に置かれたある電話機に耳を澄ませる.ほとんどが設定語りだが,その設定が面白いので何も文句はない.特にイスラム文明によって発明された電話機を十字軍の際に西洋文明が発見するという設定がお気に入り.ただラストのギガバイトはちょっと苦しい気がしなくもない.もっと容量多くなりそう.
『ムーンシャイン』円城塔
数理幻想小説.講義室に横たわる一人の少女,その傍に少女の母,いくつものホワイトボードに群がる教授連.主人公はコルト・ガバメントM1911を手に警護を任される.一方の少女は約 基の塔の建つ街を征く.タイトルはモンストラス・ムーンシャインからで,それはモンスター群とモジュラー関数との間になりたつへんてこな関係性のことらしい.少女が住む街には十七や十九などの数も住んでおり,そこに建つ塔の数 基はモンスター群の位数のことっぽいので塔はそれぞれモンスター群の元ということになる.群が街ということですね(?).そしてお得意のセル・オートマトン趣味(ムーンシャインの命名もコンウェイ先生だし)や分子生物学への飛躍もあり,超計算機的知性はよく分からない方向へと突破していく.
『月を買った御婦人』新城カズマ
メキシコ帝国歴史改変小説.メキシコは帝国だったことがあるんすね…(無知).メキシコ皇帝マクシミリアン1世の御代.名高い公爵の末娘,嬢(ドンナ)アナ・イシドラは若くして未亡人となるが,公爵の権力を受け継ぐ見込みのドンナのもとには五人の求婚者が集まることになる.そこで求婚者たちにドンナは月を要求する.メキシコ周辺の文化の言い回しも面白いし,原子核反応を分子閾下反応と言い換えて(さらにのちには原子反応(キュリー反応)と読ませている)ポアンカレの時代に登場させてみたり,『三体』や『アリスマ王の愛した魔物』よりも早いらしい人間集団コンピュータなど,端々のセンスがすごく私好みで面白く読めた.この小説が本短編集のトリなのだが,読後感もいいのですばらしい采配.これを読んで感想を書こうと思ったのでした.